「経験は最大の学び」〜オーロビルで暮らす日本人アーティスト〜 (in Japanese: 10 July 2014)

(以下はオルタナSというウェブマガジンに掲載されたインタビュー:10 July 2014)

「小さな一歩よりも、自分の知らない範囲まで、大きめの一歩を踏み出すほうが良い」――とは、私の滞在するインドの都市、オーロビルの市民権を持つ 「オーロビリアン」の、江里尚樹さん(38歳。以下、オーロビルでの名称:ジョーティと表記)の言葉だ。ジョーティさんは、28歳の時にインドを旅する中 でオーロビルと出会い、暮らし始めて9年になる。今年10月に台湾で開催される、アジアのアーティストをつなげ、活性化を目的とした「ワンアジア」プロ ジェクトを主宰。オーロビルでの暮らしや、若者へのメッセージを聞いた。(オルタナS特派員=小川 美農里)

オーロビルへの新しい加入者へ、茶文化とヨーガの接点を紹介するジョーティさん(写真左端)
――オーロビルに来たきっかけを教えてください。
ジョーティ:父親は仏像彫刻家、母は伝統工芸家という家族の中で育ち、幼少期より日本の伝統文化に関わっていた。伝統文化の中では、仏教に関わるような仕事も多く、インドは身近な存在だった。
自身も彫刻を学び、実践する中で、インドは、仏教やヨーガが生まれた長い精神文化のある、訪れるべき場所だと思った。
その後、チベット、ネパール、北インドを旅しながら、仏教を深めるとともに、ヨーガに興味も持った。北インドでヨーガができる場所を探していたが見 つからず、南インドに滞在する中で偶然オーロビルのことを知り、2時間くらいの気持ちで来たら、想像以上に面白いと思った。ここにいる人たちのことをもっ と知りたいと思う中で、パートナーとなる人に出会い、住み始めるようになった。
――普段はどのようなことをしているのですか。
ジョーティ:お茶ばっかり飲んでる(笑)。朝は、芸術の制作の時間をとって、午後はインターナショナルゾーンでのコーディネートや、ワンアジア・プロジェクトの準備など。
あとは庭の手入れなど。オーロビルに来たばかりの時期は、北インドのチベット人のコミュニティに浄水器を寄付するためのプロジェクトもしていた。また、書道、日本語、茶道、食など、日本文化を紹介する活動をしており、今もそれは続けている。

オーロビル内での書道教室の様子
■「オーロビルからの贈りもの」
日本の中ではただ習っていたことが、教えることで、新鮮な疑問を持つことができた。自分の文化を主観的にも客観的にもみることができ、自分の作品制作や、文化活動をしていく中でも生かせるようになった。
また、多くのことを学ぶと同時に、自分のものの見方の狭さにも気づき、謙虚さにつながった。本やインターネットからではなく、日々の生活から多面的に気づくことができることは、オーロビルからの贈りものだと思う。
オーロビルは、普遍的な価値の発見と創造を目的とする国際都市だと思う。
■風通しが必要な日本ーワンアジア・プロジェクトを開始
日本の美術、茶道などに触れてきて、閉塞感を常に感じてきた。そういう文化は風通しが必要だと思う。人と人、文化と文化をつなげるような、革新的な仕事が必要だと思った。
19世紀、20世紀には、日本のアーティストがインドに来たり、インドのアーティストが日本に来たり、 アジア内で意図的な交流があった。 岡倉天心や、ラビンドラナート・タゴールなど。
日本文化とは、外から入ってきたものを日本人が再構築したもので、 文化と文化が重なり、新しいものがうまれてきた。その精神を引き継いでいる人が少ないのが惜しいと思い、2010年から、文化交流のプラットフォームとなるような、ワンアジア・プロジェクトを始めた。
■アジア人としてのアイデンティティ
自分自身は日本人というより、アジア人という感覚が強い。アジア人としての自分のアイデンティティを深めるためにも、ワンアジアは役に立っている。
言語の限界はあっても、芸術という共通言語でアーティストと交流ができる。芸術と文化を軸にしていることで、交流が続いていくのはすごいことだと思う。ここでは芸術や文化が普遍的な共通言語になっている。

オーロビルの近隣都市、バンガロールにて出張茶会の様子
――日本の若者に伝えたいことはありますか。
■一番大事なのは、限界を決めず、自分で経験すること
ジョーティ:本当に人が変わるのは、経験があってこそ。やりたいと思っていること、自分の深くやりたいと思っていることは、同時に可能なことだと思う。
自分で限界を決めず、自分の体とこころで経験してもらって、自分の頭で考えてほしい。そういう経験を通して、自分自身がわかる。その小さな個人の変化が世界を変えてゆく。経験は人間の潜在意識にも光を当てるので、受動的な教育より勝ると思う。
■好きなものは、ぜったい伸ばしていく
20代は、葛藤ばかりしていたし、迷って当然。自分の人生を真剣に受け止めたら、葛藤しかない。 20代前半から、時間があれば旅をしていたが、29歳で本格的に日本を出たのは、大きなジャンプだったと思う。
小さな一歩よりも、自分の知らない範囲まで大きめの一歩を踏み出すほうが良い。大きい一歩を進めることによって、葛藤に費やしていた時間を、現実的に未来をつくっていくために費やせるようになった。
20代は睡眠少なくても大丈夫だし、体当たりしても大丈夫な時期でもある。そういう面では色んなことを経験してほしい。
家族は自分の道をみつけることを応援してくれると思うし、家族のチャレンジにもなると思う。それが判っていれば、自分にも、家族にもベネフィットになる。本当に自分が信じられる一歩であれば、リスクを知りながらも、その一歩を進むべきだと思う。
好きなものは、ぜったい伸ばしていくこと。好きじゃないものも、好きになる方法を自分で発見して、好きになればぜったいに伸ばしていける。
◆
時として、大きな一歩を踏み出すのは、勇気がいることだ。しかしその一歩を踏み出すことで、潜在的な自己の可能性に出会え、未来の自分につながるような経 験ができる。ジョーティさんへのインタビューを通して、生き方を迷う若者の背中を押してくれるようなメッセージをもらった。

インタビューアー:小川美農里
オルタナS記事

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